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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)790号 判決 1972年7月28日

控訴人(附帯被控訴人) 協栄生命保険株式会社

控訴人(附帯被控訴人) 補助参加人 一条宗光

被控訴人(附帯控訴人) 一条智子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)は被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)に対し金一万八、四〇〇円およびこれに対する昭和四七年三月二五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき控訴棄却の判決を求めた。被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴による当審における新たな請求として、「控訴人は被控訴人に対し金一万八、四〇〇円およびこれに対する昭和四七年三月二五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、左に付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、控訴人は、本件生命保険契約の保険金をすでに補助参加人一条宗光に対して支払つたが、その経緯は次のとおりである。

(一)  昭和四二年九月二日(土)

訴外大庭伸介は、被控訴人の依頼により、控訴人五反田支社に対し一条世界名義の保険証券裏書請求書を提出する。

(二)  同月四日(月)

午後三時、右保険証券裏書請求書は控訴人本店に回送される。

午後九時、一条世界死亡。

(三)  同月五日

右保険証券裏書請求書は、控訴人別館にある原簿課に回送される。

(四)  同月一二日

同月五日付で保険証券に死亡時保険金受取人を補助参加人一条宗光から被控訴人に変更することを承認する旨の裏書をする。

(五)  同月二二日

補助参加人一条宗光は、控訴人五反田支社に対し、異議申立書(乙第六号証)を提出する。

(六)  そこで、控訴人は、本件保険金受取人は被控訴人であるか、補助参加人であるかを検討し、次に述べる理由によつて補助参加人が受取人であると判断し、右結果を補助参加人に連絡し、保険金支払請求書類の提出を求めたが、補助参加人からの右書類の提出が遅れ、昭和四三年五月になつて提出された。そこで控訴人は、同月一七日補助参助人に対し、保険金五〇万円およびこれに対する利益配当金一万八、四〇〇円、以上合計五一万八、四〇〇円を支払つた。

二、控訴人が本件保険金受取人を補助参加人と判断した理由は次のとおりである。

(一)  右保険証券裏書請求書が提出されたのは、保険契約者であり、かつ被保険者である一条世界が死亡する二日前であり、その頃同人はすでに昏睡状態に陥つており、意識不明であつたのであり、右請求は身辺近く看護に当つていた者の不正な干渉に基づくものであると判断されたこと。

(二)  保険金受取人変更について、一条世界の長男であり、従来の保険金受取人である補助参加人一条宗光は全く知らなかつたこと。

(三)  成立に争のない乙第一号証によれば、控訴人の特別厚生保険普通保険約款第三四条には、

「保険契約者は、保険金受取人を指定若しくは変更し、又は会社の同意を得て保険契約上の一切の権利義務を第三者に承継させることができます。

前項の指定、変更又は承継は、被保険者の同意を表した書面を添えて、これを会社に通知し、保険証券に会社の承認の裏書を受けてからでなければ、会社に対して効力を生じません。」

との規定があり、保険契約者である一条世界は、右規定に従う意思をもつて本件保険契約を締結したものであるところ、大審院昭和一三年五月一九日判決(民集一七巻一〇三八頁)は、かかる約款の規定は有効であつて保険契約当事者を拘束すると解しており、その後現在に至るまでこの判例は変更されておらず、この判例に従つて実務の手続がなされている。

しかして、右約款の規定は、保険者の承認の裏書をもつて、保険金受取人の指定変更の効力発生要件とした趣旨に解すべきであり、単なる対抗要件と解すべきではない。

原判決は、「変更行為につき保険会社の承認の裏書という保険会社の意思にかからせる方式が法の精神に反する。」というが、右約款の規定は、保険者に自由な意思決定によつて変更行為の効力の発生を左右し得ることを認めたものではない。保険契約者から請求があれば、保険者は正当な事由がない限り承認の裏書を拒むことはできないのである。元来、保険者は、保険金受取人が明確である限り、それが何人であろうと全く関心がなく、したがつて実質的な意味での承認の自由は不必要なのである。しかし、保険金受取人が明確であること、特に保険金支払義務発生のときにそれが一義的に確定されていることは、重大な関心事である。そうでないと、二重払の危険が頻繁に生じ、単に保険者だけでなく、その保険者と契約している全保険契約者および全保険金受取人の利益を害することとなる。そこで保険者は、大量的な事務処理に当つて、手続を慎重かつ明確にするため、前記約款の規定を設けているのであつて、右規定の設けられた趣旨からすれば、保険会社の承認裏書をもつて指定変更の効力発生要件と解するのが合理的である。

仮に原判決のように指定変更権が単純な形成権であると解するとすれば、必然的に原判決がいうように「保険金受取人の指定変更の方式および相手方については、商法および約款上何らの規定もないから、右指定変更の意思表示は別段の方式によるを要せず、かつ必ずしも保険者に対してのみこれをなすことを要するものではない。」ことになり、はなはだ不明確となる。これに対して「保険会社は対抗要件によつて保護されているから、この点顧慮する必要がないではないか。」と反論されるかもしれないが、そうすると実体関係を無視して対抗要件のみによつて受取人の変更を認めることとなり、素直な見方とはいえない。

さて、本件について承認の裏書は昭和四二年九月五日付でなされている。したがつて、本来ならば、この時から受取人変更の効力が発生すべきこととなるが、本件では被保険者がその前日に死亡しているので、保険事故の発生により、保険金受取人としての補助参加人の権利が確定し、もはや九月五日には承認の裏書によりこれを変更する余地はなくなつていたのである。そこで控訴人は、法律上すでに確定した保険金受取人である補助参加人に保険金を支払つたのである。

なお、本件では、保険契約者と被保険者が同一であるので、被保険者一条世界の死亡は同時に保険契約者の死亡であるから商法第六七五条第二項により、保険契約者の死亡によつて保険金受取人の権利が確定したともいえる。

(被控訴人の主張)

一、一条世界は、被控訴人と結婚する以前から、本件生命保険金の受取人を補助参加人から被控訴人に変更する意思を有していたが、おそくとも昭和四二年七月二五日までに被控訴人に対して右意思を表明し、かつ世界に代つて控訴人に対し右変更の手続をするように指示した。右意思表示によつて、世界と被控訴人との間においては、受取人変更の効力を生じた。被控訴人が世界の名において昭和四二年八月末頃控訴人に対し保険金受取人変更手続をとつたのは、世界の授権に基づくものである。

二、控訴人主張の約款第三四条第二項は、保険金受取人変更を保険者に対して対抗する対抗要件を定めたものにすぎない。もし同項の趣旨が、控訴人の主張するように、保険者に対する保険金受取人の変更通知および保険者の承認の裏書を受取人変更の効力発生要件とするのであれば、同項は無効と解するほかはない。

三、被控訴人は、当審において附帯控訴として、新に次のとおりの請求を追加する。

(一)  本件保険については、昭和四三年五月一七日現在において、金一万八、四〇〇円の利益配当金がなされることになつていた。右金員は本件保険金の受取人に支払うべきものであり、本件保険金の受取人は被控訴人である。

(二)  控訴人は生命保険事業を営む株式会社である。

(三)  よつて、被控訴人は控訴人に対し、右金一万八、四〇〇円およびこれに対する附帯控訴状送達の日の翌日である昭和四七年三月二五日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(証拠関係)<省略>

理由

当裁判所は、被控訴人の本訴請求および附帯控訴にかかる当審における新たな請求は、いずれも正当として認容すべきものと判断する。その理由は、左のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

一  各成立に争のない甲第一、二号証、同第四号証、乙第三号証、同第五号証、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める甲第三号証、証と題する部分は成立に争なく、その余の部分は原審証人沢野桂一の証言により成立を認める乙第四号証、原審証人大庭伸介、同一条宗光、同平野八千代、同沢野桂一の各証言、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すれば、一条世界(大正二年七月二〇日生)は、先妻平野八千代との間に長男宗光(昭和二一年一二月一四日生)、二男憲光、三男国光の三人の子があつたが、昭和三九年一〇月一日同女と離婚し、昭和四一年一月二四日被控訴人(昭和二年六月一三日生)と婚姻し、昭和四二年三月二一日被控訴人との間に長男太陽が生れたこと、その後世界は同年八月中旬肝臓を病み(後に肝がんと判明)、最初日本医科大学付属病院に入院し、ついで虎の門病院溝口分院に転院し、同年九月一日さらに同病院本院に転院したのであるが、右最初入院する頃に、小さい子供もあることだから、将来を考えて本件保険金受取人を宗光から被控訴人に変更する旨を被控訴人に告げ、かつ、控訴人に対し右受取人変更手続をすることを被控訴人に依頼したこと、そこで被控訴人は、手続が分らなかつたので、控訴人会社に電話をして尋ねたところ、保険証券裏書請求書の用紙を送るから、これに書き込んで、保険証券と印鑑証明書を添えて送るようにいわれ、右用紙が送られてきたので、これに所要の記載をして世界の印を押し、同年八月下旬右請求書、保険証券および印鑑証明書を弟の大庭伸介に渡して控訴人五反田支社に提出するように依頼し、大庭伸介は右依頼に基づいて右書類を同年九月二日控訴人五反田支社に提出し、同月四日午後三時右書類は控訴人本店に廻送され、同日午後九時世界は死亡したこと(右本店廻送、世界の死亡の事実は当事者間に争がない)、すくなくとも同年八月末日までは、世界は意識が明瞭であつたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  成立に争のない乙第一号証によれば、控訴人特別更生保険普通保険約款第三四条には、控訴人主張の如き内容の規定があることを認めることができ、控訴人および一条世界が右規定に従う意思をもつて本件保険契約を締結したことは、当事者双方において明らかに争わないところである。

被控訴人は、右第三四条第二項の「保険金受取人の指定、変更はこれを会社に通知し会社の承認の裏書を受けてからでなければ、会社に対して効力を生じません。」との規定を、会社に対する対抗要件であると主張し、控訴人は指定、変更の効力発生要件である旨主張するので按ずるに、商法第六七七条第一項および右約款の規定の文言よりすれば、右約款の規定の趣旨は、保険契約者が保険金受取人の指定、変更権を留保した場合において、右指定、変更は、保険契約者の一方的意思表示によつて有効になし得るものであり、その相手方は必ずしも保険者であることを要せず、例えば前の保険金受取人または新たに保険金受取人となるべきものに対してなすも差支えなく、ただ保険者に対抗するためには、保険者に対する通知およびその承認の裏書を必要とするにあると解するのを相当とする。このように右約款の規定を解することによつても、保険者の二重払の危険は優に防止することができるのであつて、右約款の規定による保険者の承認の裏書を指定変更の効力発生要件と解するとすれば、保険者をして不当に保険契約者の留保した指定、変更権に干渉せしめることとなるといわなければならない。

三  原判決一三枚目裏五行目から一一行目までを次のとおり訂正する。

「しかし、前記保険証券裏書請求書等の書類が昭和四二年九月四日午後三時被控訴人本店に五反田支社から回送されてきたことは当事者間に争がないから、原簿課への回送を待たず、遅くともこの時点において右書類が控訴人に到達したものというべきである。」

四  なお、対抗要件としての保険金受取人指定、変更の通知の保険者への到達、保険者の承認の裏書は、必ずしも被保険者(保険契約者)の死亡前でなければならないものでなく、保険者の保険金支払前であれば足りる。しかして、控訴人が保険金支払前である昭和四二年九月一二日に同月五日付で保険証券に死亡時保険金受取人を補助参加人から被控訴人に変更することを承認する旨の裏書をしたことは、控訴人の認めるところである。

五  被控訴人が附帯控訴の請求原因として主張する事実は、本件保険金の受取人が被控訴人である点を除いて控訴人の明らかに争わないところであり、本件保険金の受取人が被控訴人であることは、前記のとおりである。

以上の次第で、控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却すべく、被控訴人の附帯控訴にかかる当審における新たな請求は正当であるからこれを認容すべく、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、仮執行の宣言は相当ならずと認めてこれを付せず、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅賀栄 田中良二 川添万夫)

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